人はしばしば「時間を奪われた」と軽く言う。

待たされたとき、話を遮られたとき、無意味な要求に巻き込まれたとき。
けれど本当は、それは単なる“時間”ではなく、
その人の人生の一部に触れているのかもしれない。

時間はお金のように貯めることも、交換することも、返すこともできない。
一度過ぎれば、二度と戻らない。
だからこそ、誰かの時間を雑に扱うという行為は、
その人の命の一部を粗末にしてしまうことにつながっていく。

相手の都合を考えずに呼び出したり、
一方的に感情をぶつけて消費させたり、
依存するように関わってしまったり。
そうした行為は、相手の人生の時間を“勝手に使ってしまう”ことになる。

反対に、相手の時間を尊重するということは、
その人の人生そのものを大切にしているということでもある。
短い言葉で済むことは短く伝え、
相手のリズムを乱さず、
必要以上に奪わず、
相手の集中や静けさを守る。
それは「あなたを大切に思っています」という、静かなメッセージなのだと受け止める。

私たちの人生は、時間の連続でできている。
だから、誰かの時間を奪うということは、
その人の人生の一部に触れることでもあり、
自分の時間を守るということは、
自分の人生を大切にすることにもつながっていく。

誰と時間を共有するのか。
誰に時間を渡すのか。
どんな時間を自分に与えるのか。
その選び方が、人生の質を静かに形づくっていくのだろう。

時間は命そのもの。
だからこそ、奪われすぎないように、
そして、誰かの時間を奪いすぎないように。

私たちはもう少し丁寧に、互いの人生に触れていけたらいい。
そして、その大切さを理解し合える人と、
これからの時間を共にしていけますように。


あなたの心の声に耳を傾ける
『Active listening』 担当 理瑚がお送りしました。